大学校舎屋上より









新宿駅西口にて/photo : Ota Ryuma  飛ぶ本 〜あるいは新種の鳥類の発見〜

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風に舞う木の葉や一枚の紙片よりも、鳥たちは空を自由に飛び回る。もしも飛び交う鳥たちの軌跡が消えてしまわずに残り続けるものならば、大地はすべてその痕跡に覆われてしまっているのかも知れない。

鳥たちと並列して考えてみた時、書物は人との関わりや他の書物との関わりを、その息づかいとして我々の前に明らかにするだろう。私は鳥類と書物の関係を端的に、飛ぶ本あるいは新種の鳥類の組写真を制作することで表現しようと思う。

合成処理、ミニチュア撮影などによって完成された飛ぶ本あるいは新種の鳥類のイメージは、空想の産物でありフィクションにすぎないが、あたかも記録写真であるかのように虚実の判別がつかないあやうさを持ったものにしたい。そのとき、複数枚ある写真は、飛ぶ本あるいは新種の鳥類の存在を示す間接証拠としても機能するはずだ。

(企画書として書かれた文章を転用)
1.研究報告

 飛ぶ本を発見するに至った動物生態学の研究者として、此処にその研究成果を報告します。

大空を自由に飛び回る書物、あるいは今までに見られたことのない姿をした鳥類の存在――――この容易には信じがたいであろう事実を公の場にひろく提出するにあたって、私は写真による展示を構成しました。その過程において、世界各地での撮影に要したフィルムの数は合計5500本に及びます。今回展示した6枚の写真は、立体感や構図など最終的なルックの観点においてより優れたものとして選ばれています。

しかし私が提示したいのはそれらのビジュアルイメージではなく、あくまでも動物生態の研究者としての私の身振りです。写真行為から離れた地点において営まれた、書物と私の新たな生活とも言えるパフォーマンスです。なぜならば、動物生態学の研究とは名ばかりで、実のところ私はUFO写真を捏造しているからです。
2.制作意図

自由に空を飛び交う鳥たちの姿には、それが「鳥」でないと疑う余地のない明快さがあるように思われます。同様に、書物が発散する(私たちが書物から感じ取る)独特の佇まいは、それが「本」である、ということの他にいかなる説明をも受け付けないかのようです。

両者が紡ぐものを、それぞれの歴史、それぞれの領域、それぞれの息づかいだとするならば、両者はともに時間と空間に目に見えない痕跡を残す自律的存在だと言えるでしょう。

書物の残す痕跡は時空間にのみとどまらず、何より私たち自身に刻みこまれます。私はその軽い火傷が引き起こす麻痺状態を放置したまま書物と向き合うことは避けたかった。その意味で、捏造されたフィクションのイメージは、私が書物に対する個人的な感情から解放された冷静、一般論に絡め取られない超越的な態度を取り戻そうとするまなざしです。私の空想の間接証拠とも言える飛ぶ本の写真は、私と書物とのプロセスの記録写真として編まれた「本」なのです。
3.撮影方法

ステレオ撮影用のアダプタを使用して撮影されたスライドフィルムは、ハーフサイズに分かれた左右両眼に対応した二つの画像を持ちます。二分割したスライドを二個一組のスライドビューワーで観察することで奥行きを持った映像として認知できます。
特大パネル用の赤青二色のアナグリフ写真の場合は、同様の方法で撮影された写真をコンピューターにスキャンして背景を処理し、専用ソフトウエアで画像合成を施しています。

それ以外の写真においては、いかなる種類の合成技術も用いていません。本を吊るした竹竿を左手に、カメラを右手に構えて撮影することで、目の前を本が飛んでいるように見せかけています。

(展示会のための解説文より)

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