2.1.アメリカ

2.失われつつある生活
2.1.アメリカ

アメリカは高速道路に過ぎない。こう言いきってみせたのはフランスの社会学者、J・ボードリヤールであった。かのマクルーハンも、「アメリカ人は四つの車輪をもった生き物であると言っても過言ではない」と述べている(マクルーハン『メディア論』1964、P.222)。今こういった表現を理解するのは何ら難しいことではない。まさにこの指摘のとおり、アメリカは自動車の存在なしには成り立たないような国なのである。そもそも、白人たちによるアメリカ建国の過程が、当初は南へ、次いで西へという開拓の精神に基づいている。この場合、開拓とはすなわち馬車の行き交う道路を作るということだったのだから、アメリカの国土はその道路交通の広がりと等しかったというわけだ。

フォードT型(1908−27)
フォードT型(1908−27)
近代的な進歩主義が大航海時代に発見した手付かずのまま広がる新大陸において、モータリゼーションという次なるフロンティアに開拓の矛先が向けられた。そして、このアメリカに進歩の舞台を移してから、脈々と続いてきた西洋社会の構造は大きく変化していく。それが前章で取り上げた社会のグローバル化という厳然たる事実である。この章では、視点をもう少し引き下げて、私たちの身の回りの住環境と交通メディアとの関係を検証していく。

前述のモータリゼーションとは、狭義には20世紀に入って登場したフォードT型によって自動車が飛躍的に普及したことを指すが、それは住環境の郊外化や流通体系の高度な合理化といった社会構造の包括的な変容の契機となる大きな事件だった。モータリゼーションの潮流が爆発的に広がった背景には、ベルトコンベアを完備した工場による大量生産の開始だけでなく、ヘンリー・フォード自身による道路建設への投資があったことも挙げられるだろう。新しく道路が出来るということは、その上を行き交う自動車も必要とされるということだから、大衆普及車の父はすすんで自動車の売れるような環境を整えていくのだった。

チャールズ・チャップリン作『モダン・タイムス』(1936)では、工場の流れ作業はまったく非人間的なものとして皮肉って描写されていた。チャップリンが演じるところの人間味あふれる、とぼけたパーソナリティーは合理的で無機質なフォード・システムとは相反するものだったため、どこか不条理とも思えるようなおかしみをたたえていた。あそこまで極端でなかったとしても、近代という時代には大なり小なり人間性と矛盾を示す傾向があったということに異論を唱える人はないだろう。専門分化したシステムによって合理性を追求した生産モデルが近代における進歩主義のもっとも大きな仕事のひとつであったことは間違いない。時を経ることでますます高度に洗練されていった合理主義的な思考は、発達した交通メディアによる陸の走破と空への進出で極限にまで高められている。

20世紀の初頭から国土全体に広がる高速道路の敷設が始められるに至って、自動車のための道路はアメリカにとって最も重要なインフラストラクチャーのひとつとなった。なぜなら、1948年にマンハッタンの都市部から40キロ離れたところに完成したレビットタウンを皮切りに、モータリゼーションを前提とした大規模な住宅地が次々に開発されていったからである。ここに、今日われわれが目の当たりにしているような、高速道路の足元に花開いた郊外型社会の始まりを指摘することが出来る。その典型が、ロードサイド・エンパイアーズとよばれるビジネスモデルの繁栄である。まず1920年代には、自動車が長距離を走るうえで必要になってきたガソリンスタンドが、インターチェンジやジャンクション付近に生まれはじめた。ガソリンスタンドは自動車にとっては道路とセットで配備されていなければならないという意味では最低限度の環境設備(インフラストラクチュア)に類するものであるが、それは同時にロードサイドという新たな市場の先鞭をつける存在であったと言える。その後少し遅れて登場したモーテル(モーターホテル)と類比して考えればより明白で、これらは移動の中継地として機能する空間であり、目的地に到着するまでの間に立ち寄る商業施設なのである。1930年代には、そのころちょうど黄金期を迎えていた映画産業がロードサイドに進出して、ドライブインシアターを出現させている。しかし他のどんな産業にも増して、こうしたモータリゼーションによって生まれた新たな市場をロードサイド・エンパイアーズと呼ばれるまでの一大ビジネスモデルに発展させたのは、外食産業であった。


ロサンゼルスのインターチェンジ
ロサンゼルスのインターチェンジ

アメリカのマクドナルド兄弟は、50年代に自分たちの店のサービスすべてをマニュアル化し、生産の過程をちょうど自動車を作るのと同じようなベルトコンベア的に整理することで全世界規模のチェーン展開に成功した。ハンバーガーだけでなく、フライドチキンやドーナツ、アイスクリーム、ピザにしても同様で、いつでもどこでも一定した同じ品質でおなじみのメニューを提供してくれる。このような産業構造が、すべて高速交通網をした流通形態あってのものであることは言うまでもない。ロードサイドやインターチェンジ、ジャンクション近くの商業施設は、私たちの郊外での生活を保障し、奨励している。アメリカの場合、毎朝の郊外から都市への通勤を可能にしているのは高速道路なのである。こうしてロサンゼルスなどでは、生活に必要な機能が一定の空間に集中することでできたはずの都市部が、いまや自動車なしでは生活することができない場所と化している。こうした状況の背景には、もちろん産業社会が速度技術を利用して大量消費の時代をお膳立てしたという事実がある。しかし一方で、生活にそのような速度と均質さを求め、受け入れたのがほかならぬ私たちなのだということも忘れてはならない。

このようにモータリゼーションの動きがそれまでにない新たな消費文化を築いた事実は、同じく高度の経済成長を果たした私たち日本人もよく知っていることだ。国道沿いに店鋪を構え駐車場を備えたファミリーレストランは、自動車に乗る人々がお腹をすかせてやってくるのを待っていれば集客に困ることなどない。冷蔵トラックが材料を運んできて、自家用車がお客を運んできて、あとはおなじみのメニューを提供するだけというわけだ。この場合、各店鋪は周囲100ほどの同じ系列店鋪単位でまかなわれている。というのも、それらは交通網を前提とした流通体制にとっては店舗がひとつだろうと100あろうと大した違いはないのだ。それどころかひとつのグループとして一括して管理・運営しなければ、顧客の求めるサービスにこたえられず、磨きぬかれた速度の力を発揮できないのだ。

これと似たような方法で、一介の地方の服飾衣料店が生産・流通・販売までを自社で賄い、合理化、多店鋪経営を徹底させて成功している事実は広く知られている。この企業が同じノーブランドの商品を大量生産しながらも、ユニクロ(unique clothing)という商標を掲げているのは奇妙な話である。私たちは大量の宣伝広告を見るにつけ、このノーブランドのサービスが現代の速度技術によって「きちんと管理された」「安心できる」ものであるということを刷り込まれている。

また、特に郊外住宅地のホームセンターなどは広い敷地面積と豊富な品揃えを武器に、周辺の住民を呼び集めている。ショッピングモールやアウトレットモールは、それまでならよほどの都市部でしか実現しなかったような規模の複合商業施設で、経済成長を背景に住宅地が市街化する現象を上回るような速度で文化の郊外化を先取りし、促進している。

こういった、速度技術によって流通し管理されている一定水準の商業活動は、同時に均質的な文化事業でもある。経済的に発展した国だけでなく世界中のほとんどの国が、ある意味で画一化、あるいはアメリカ化している。すなわち「コーラ、ハンバーガー、ジーンズ」の文化あるいは<マクドナルダイゼーション>や<ディズニーランダイゼーション>といった表現で形容されるような、消費社会の目に見えぬグローバル・スタンダードによって、私たちの日常は侵食されている。

トレイシート(日本マクドナルド株式会社)

「牧場から、お手元まで」の流通における一貫した品質管理を親しみやすく図示するトレイシート(日本マクドナルド株式会社



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Comments

mXX5v4FEv さん (05/17 19:36:19):
Kärlek och uppror försöker jag pracka pÃ\ alla som närmar sig bietbotikels poesihylla när jag jobbar Marias bokliv recently posted..

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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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