4.4.サイバネーション

4.移動すること
4.4.サイバネーション

私たち人間は近代という時代を通じて、定住生活の拡大再生産をつづけながら、その領土を専門文化することで維持してきた。もともとは誰のものでもなかったこの世界を所有しようとして、国家という<家>、家族という<家>、専門家という<家>に細分化することに尽力してきた。そのせいで逆に、私たちは本来の居場所というものを失いつつある。すなわち、郊外やトランジット空間、消費空間という<非-場所>の台頭である。こうした事態に、交通メディアとしての乗り物が深く関与していることはこれまで何度も説明してきたとおりである。遠くまで速く移動したい、ただそれだけのためのもののはずの乗り物が、実は私たちにとってのこの世界の息苦しさを周到に準備してしまっていたのだ。

こうしたことは、普段私たちが慣れ親しんでいる地図を見れば一目瞭然である。私たちは大航海時代や植民地主義時代に領土拡大が目に見えてわかるものにするよう使われていた世界地図を今でもこの世界がきちんと描かれたものだと信じきって眺めている。地図はいつでも自分の<家>(国家)を中心にして、大地にあえて不自然な分割線を引いて、こことよそ、よそとよそとを区別することで、まだ行ったことも見たこともないアイスランドのような国が何処にあるのかを教えてくれ、それで私もその土地の「場所性」についてのある程度の確からしさを知ったつもりになっているのである。しかし私たちのなかのほとんどの人は、アイスランドについて何も知らない。悪くすれば、地図上の位置さえ不確かである。地図だけでなくテレビや新聞といったマス・コミュニケーションツールによって提供される情報というのは、常に包括的な認識にすきまを生じさせる。冒頭でも示した乗り物としてのこれらメディアは、「ここ」にいながらにして「よそ」で起こる出来事を運び伝え、時空の隔たりを近接性の中へと圧縮する能力を持っているが、精細度の高低にかかわらずあらかじめ隙間を持った情報しか約束してはいないのだ。これはマス・メディアによる情報操作とは別のレベルで見られる、速度メディアそのものの性質である。いうなればテレコミュニケーション技術で細かく編まれた広大な網の目には、膨大な隙間が巣食っているのだ。私たちに必要なのは、世界を細分化するための旧来的な地図ではなくて、いま、ここでたち現れつつある世界について包括的に捉えるためのメタレベルで描かれるような、実践的な脳内地図の方である。乗り物はその意味で、私たちにとってさまざまに役立つはずだ。

速度メディアが発するメッセージというのはこれまでの近代人の振る舞ってきたようなやりかたとはまるで逆に、領土の境界を越境し、融解させて、包括的な世界認識というものを要求する。すなわち、B・フラー言うところの「宇宙船地球号」を維持・管理する技術、サイバネティクスである。しかしいくら乗り物だからと言って、「私たちは既に宇宙船地球号に乗っているのだ」などと野暮なことは言わないようにしよう。ただ、私たちには乗員としてのモラルが必要であることは忘れてはならない。

速度技術というのは、本来私たちの手におえないものである速度を所有し、コントロールしようとして磨かれた、定住領域のスペシャリストたる定住民のわざである。しかしわたしたちは、所有することよりもただスムーズに流れるよう速度を処し、速度社会という自動機構(オートメーション)の装置が滞りなく働くようにしなければならない。

こうした管理制御の技術を近代的なパラノ・テクノロジーと区別してサイバネティックス的速度技術と呼ぶことが出来る。サイバネティックスとは、船乗りたち  特に多くの船員を従えた海のリーダーたち  が様々な情報をもとに自らのおかれた状況を分析し、大海原において船をたくみに操る航海の技術、天測航法のことである。B・フラーは『宇宙船地球号 操縦マニュアル』(1969)のなかで、こうしたかつての「大海賊」たちの存在とともに失われつつある「包括的な知的能力」を今一度取り戻さなければならないと喚起する。彼に先立ってマクルーハンが『メディア論』において指摘した専門文化のシステムからオートメーションのシステムへの移行を彼は、オートマトンからオートメーションへの転回だと説明する。

いまや人間は、専門家(スペシャリスト)としては、コンピューターにそっくり取って代わられようとしている。人間は生来の「包括的な能力」を復旧し、活用し、楽しむように求められているのだ。「宇宙船地球号」と宇宙の全体性に対処することが、私たちすべての課題となるだろう。単なる筋肉と条件反射運動の機械であるよりも、つまりは奴隷状態の自動人形(オートマトン)であるよりも、人間ははるかに深遠な運命を生きるべきだと、進化は熱望しているようだ。自動機構(オートメーション)が自動人形(オートマトン)に取って代わる。(B・フラー「宇宙船地球号操縦マニュアル」1969、括弧内カナ表記は原本ではルビ)

B・フラーの考える専門分化とは、ひとつは世界全体の細分化という形であらわれている。これによってそれぞれに対立する地域が競い合い、争うことになったという。戦争は国家の政治的なレベルだけでなくパーソナルで卑近な、経済的なレベルで起こりうる事件にまで押し広げられ今もなお続いているが、主義主張の争いにしろ貧富の闘争にしろ、専門分化が包括的な世界認識・政策行為を阻害し、愛国主義的な成長・発展の夢物語を増長させてきたのである。それにしても、それぞれの地域の利害はなぜ対立せねばならなかったのだろう?それは私たち人間がさまざまなレベルで<家>の器に押し込められ、振り分けられたからに他ならない。だから私たちは自分たちの器をより良く機能させるためには他の器のことなど考えられなかった。征服すべきは、他の誰のフロンティアでもなく、自分のフロンティアというわけだ。

すなわちもう一つの専門分化とは、私たちの身に起こっている。定住生活のスペシャリスト=専門家という<家>として包括的な能力を分断された行為主体として、自らの畑を耕し、まだ見ぬフロンティアを延伸するのが近代という時代のメッセージだった。

これに取って代わるのが、海のリーダーたちが備えていたとされ、そしてフラー自身が自称する「長期予測のためのデザイン科学」、サイバネティックスの管制技術である。それは高度な知的能力であると同時に、「自然にわきおこる子供たちの包括的な好奇心」に基づいた<こどもの科学>でもある。すなわち、人間本来に備わっているはずの知的欲求、それが専門分化という道筋をたどることで長い間忘れられてきたのだった。フラーは、「大海賊」たちが私たちから隠れたところで世界を眺めまわすのに用いていたこの能力を、「宇宙船地球号」を操縦するために私たちが新たに形成する必要があるとした。

こうした考え方から抽出される実践的振る舞いの中でも最も重要なもののひとつが速度管制に関するテクノロジーなのではないだろうか。我がもの顔で速度を操り、自らに属するものとしてしまう技術が近代の発明ならば、現代以降においては速度のシステムを維持・管理することに目覚めなければならないだろう。

私たちの手に余る自然に対処するため、中世の西洋では城壁で周りを囲むようにして都市を建設し、森に棲む悪魔や魔女たちを遠ざけた。これは今の社会に比べるとひどく臆病な時代の生活だったように思える。私たちが持ち前の能力を生かして環境を所有するに値する存在であると感じられるからだ。しかし同時に私たちのほとんどは、コントロールしようと努めているつもりがむしろ自ら環境を破壊してしまうという矛盾の只中において、困難に立ち向かうでもなく所有権を放棄するでもなく、無関心を装っている卑小な存在でもあるだろう。

私たちの属領化(領土化)の行為は、「長期予測のためのデザイン科学」などはおくびにもかけず、いつでも専門分化して利害を蓄えようとする欲望にしたがってなされる。つまり所有/征服という振る舞い自体が近代的進歩主義に基づくパラノ・ドライブなのであるから、私たちは別の方法でこれまでのパラノ的に構築されてきた社会を維持しなくてはならない。「パラノからスキゾへ」、速度の「向上から安定へ」という転換に符合するのが、専門分化からサイバネーションへのシステム技術の移行である。

フラーがイメージする包括的な知性を備えた海のリーダー=「大海賊」たちの姿とちょうど対称を成すのは、専門分化した定住領域のスペシャリスト=定住民たち、すなわち我々の存在だ。あるいは速度社会に対する観点から考えてみれば、私たちは地球上における速度のスペシャリストでもある。今私たちが見つめるべきなのは、近代的発展・成長の物語のような外在するフロンティアではなく、むしろ内なるフロンティアのほうである、と私は先ほど述べた。この内に向かう目線の必要性こそ、「宇宙船地球号」に乗り組んだ私たちに課されたモラルである。

速度のスペシャリストである私たちは、速度技術とともに育んできた甘い蜜月の時間をすぐに忘れることなどできないだろう。それは、私たちがいかに公共交通の側からエコロジー運動というコミットメントがあっても自動車を捨て去ることができないのと、ちょうど同じことだ。しかしこの世界に対する征服欲というものを完全に放棄することができなくとも、むしろ世界のほうが私たちの属領となることを拒み、私たちに新たな生活様式というものを提案してくれることだろう。それが<家>同士の境界を融解し、越境する速度社会における定住/移動生活である。私たちは、自らのモラル  それがどのようなものか、判然としないままではあるが  にもとづいて速度のあり方を間断なくデザインしつづけることで、<家>というパラノ的足枷から自由になるのではないだろうか。そのとき、乗り物による移動というものが、私たちそれぞれが個人生活を築いていくことの重要な足がかりになることは、言うまでもない。


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Comments

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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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