1.5.管理制御技術

1.メディアとしての乗り物
1.5.管理制御技術

宇宙から地球
現代の速度メディアによる「グローバルな」近接性が要求するのは、これまでのような利便性を追求する態度ではない。メディアと乗り物の関係に対して「速度×マス」という定義を新しく付与するには、利便性とはまったく別の種類の速度を模索する必要がある。それこそが「福祉としての速度」であるわけだが、このことに関して、2000年10月に、世界経済の中心の一つとして機能していたスカイスクレイパーを崩壊させたのが爆弾や兵器ではなくて飛行機であったことは極めて示唆的だったと言えるだろう。あれだけ強固であるように見えていたグローバルな結合性というものも、ひとたび移動の安全性が損なわれてしまうことで簡単に引き離されることを旅行者は身をもって知らされたのだった。日本でも昨今さかんに「危機管理」なる言葉が繰り返され表向きは「この国の安全神話は崩壊してしまった」ということになっているのだが、本当にそのような神話が世界中のどんな地域からもなくなってしまえば地球規模に広がった定住社会は機能しなくなるのだ。

なぜなら、自由に移動できることの確からしさがグローバル社会の基盤をなしているからである。自動車や飛行機のような今日的な乗り物による移動は行動領域におけるものであると同時に定住生活の手段でもあるわけで(川添『移動空間論』1968、P.103)、地球規模の定住領域における社会生活はこの交通メディアの安全性によってはじめて保障されるのだ。現代社会における移動の重要性を考えた場合、アメリカで引き起こされたテロ事件は、当事者たちの思惑は別にしても、宗教原理主義に根ざしたローカル性からの、グローバリゼーションという単一化・均質化の運動に対する(最も効果的な)アンチテーゼのように見えてしまう。

乗用車の衝突実験

ただしここで見誤ってはいけないのは、旅客機による空の旅で形容されるようなグローバリゼーションという言葉にはしばしば、世界を文化的、経済的、政治的にあらゆる面で単一化するという意味がこめられるが、当のグローバリゼーションの概念そのものは本来、現代社会が自らのしくみについて言及するときに必要とされるような単なる準拠枠にすぎないということだ(J・トムリンソン『グローバリゼーション』1999、P.30)。だからアメリカ同時多発テロ事件について考えてみてもわかるとおり、グローバリゼーションはそれぞれの地域を単一の集合体にまとめあげるのではなくむしろ文化的差違を強調しさえするという逆説的な側面も持ち合わせている。これは資本経済がさまざまな広告戦略を用いて訴えかけてくるような文化帝国主義的なグローバリゼーションのイメージとはほとんど無縁の状況であるようだ[注4]。だから、テロリズムが標的にしたのはグローバリゼーションの事実上のリーダーとしてのアメリカではなくて、むしろアメリカが自負してやまない覇権主義そのものだったということかもしれない。

ともあれ、クローバルな結合性に寄与する速度と安全性というふたつの大きな前提を暗黙のうちに強く信頼していなければ、こことよそとの近接性は保障されないということがおわかりいただけただろうと思う。一連のテロリズムが郵便物という交通メディア(=輸送メディア)にも重大な危険の影が色濃く反映されたことでアメリカ国民が大変な迷惑をこうむったことも、メディア・ヴィークルにとって安全性の裏打ちがもっとも重要であること如実に物語っている。つまり乗り物やその他のメディアには、隔たりを省略し、越境する速度だけでなく、<流れ>そのものの恒常性が求められているのである。

安定した速度の維持、それは近代的な合理主義やフロンティア・スピリットでは決して捉えきれない、現代の隠されたパラダイム・シフトであろう。それまでは、こうした速度のあり方に対する要求は、発達をつづける機械技術の裏側に常に潜みながら、近代的精神に基づいた進歩主義によって表面化することなく処理されてきた。快適な生活に対する欲求を「福祉としての速度」という新しい見地から捉えなおすには、近代化の外爆発が終息しきるまで待たねばならなかったということだろう。わたしたちの身体が正常な機能の維持に努めているのと同じように、私たちはいま地球規模に広がった神経器官の速度機能を維持しなくてはならない時に直面している。言い換えればそれは、定住社会から速度社会への臨界点を迎えているということだ。これまで目に見えるかたちで発達してきた定住生活のための技術は、不可視的な速度を前提とした社会を維持・制御するための技術への方向転換を余儀なくされるだろう。

いやむしろ、こういった速度管制の技術は現在も世界中さまざまなかたちで機能していると言ったほうが正確かもしれない。私たちの用いる日常的な速度は、社会システムのなかに組み込まれ、監視されているのだから。ハイウェイというのは、高速の開放による速度の自由を与えてくれる完全な<フリーウェイ>ではなくて、交通がスムーズに恒常性を保つように最低速度が制限されている。その意味で、自動車はレールの上を走る汽車と同じように管理制御されている。あるいはハイウェイそのものが交通信号と同じように速度を監視するシステムとして機能していると言うことも出来る。

こういった目に見えないところで機能しているシステムがグローバリゼーションにも強く関与していて、おまけに私たちそれぞれの個人生活における考え方というものにも大きく影響している。このことは今まさに起こっている転回が非常に大規模なレベルで浸透するものであることを示している。いまおそらく、私たちにとってのよりよい生活というのは前世紀の「より速く、より遠くへ」あるいは「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」というような、率直に物理的な利便性に還元できてしまうものではないだろう。むしろ「現在をどうやって維持するのか」あるいは「どうすれば維持できるのか」という、いま・ここでの模索のなかに未来へのビジョンがあるのではないだろうか。



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Comments

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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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