1.2.定住領域の拡大とメディアの外爆発

1.メディアとしての乗り物
1.2.定住領域の拡大とメディアの外爆発

乗り物を発達させてきた前提のように思われてきた「より速く、より遠くへ」という人間の本能とはつまり、安定した集団生活を営むことができるような定住領域を拡大しようとする努力だったと言えるだろう。馬を操る遊牧民族たちが遊牧したのもまさにこのためで、彼らは季節ごとに異なる生活要件を満たす場所を巡って移動していた。遊牧民族といえどもその都度その場所で短いながらも定住生活を送り、時期になればつぎの定住領域へと移動する。彼らにとっては、定住領域というのは長いスパンから見たときの行動領域である。このように考えると、今日の乗り物というメディアや電気の速度のメディアが奨励する「現代的な」生活というのも、高度に発達した定住生活でありながら、遊牧生活とさして変わらないように思えてくる。

機械技術がそれに取って代わるまでは、遊牧生活にしろ定住生活にしろ、移動の手段には馬やその他の動物がそのままの形で用いられていた。定住生活が農耕に基づくかたちで営まれるようになってから、馬には車輪という原初的な機械技術が結びつけられ、荷馬車と乗り合い馬車がそれぞれ輸送と移動を担うことになってから、機械技術は高度な集団社会の形成を促し、さらに定住領域を拡大し始めた。マクルーハンは都市化、郊外化という住環境の変化する過程を田園が細分化される外爆発の運動として説明している。「この外に向かっての爆発を放射状あるいは『中心―周縁』の形で表現したもの、また促進したもの、それが車輪と道路であった」(M.マクルーハン、前掲書、1964、P.189)。都市と郊外それぞれの集中性は車輪を用いた交通の出現によってもたらされたものだった。

中世の西欧社会に都市が成立して以来、農村の過疎化と都市の過密という傾向は現代に至るまで次第に顕著になっていくが、これを定住領域の拡大という観点から考えると集団社会は農村、都市、郊外の順に機能を拡大してきている。近代以降の産業・商業の発達とともに、農村から都市へと労働力が集中し、都心部に収まりきらなくなった人口が市街化、郊外化した周辺地域に拡大したということだ。このとき、農村と都市を結び、都市と郊外を結ぶメディアとして機能しているのは、自動車である。

車輪の発明以降、機械の技術は鉄道馬車を生み出し、次に蒸気機関で走る鉄道を生み出した。そして次に誕生した自動車が、機械技術の最後を飾る存在となったのである。自動車が蒸気機関の原理を小さくし、点火に電気のスパークを用いたときから、乗り物と電気は切り離せないものになったとするマクルーハンの考えに従うなら、自動車とは、機械技術が引き起こしていた<外爆発>が終息し、電気技術の<内爆発>へと移行した転換点そのものを内含する機械技術あるいはメディアであるということになる。当のマクルーハン本人は「事実の枠組みが普遍であることを前提として」変化している事態について予言することの問題点に気付きながらも、自ら10年もすれば「エレクトロニクスによる新しい車の後継者」が誕生するという予言でこの重要な生き証人について語るのを止めてしまっているのだが、彼にとっては機械技術の末裔である自動車よりもむしろテレビという典型的な「内爆発を引き起こす」メディアの方が気がかりだったようだ。それはともかく、彼の指摘する通り、技術的には蒸気機関車の流れを汲んでいた自動車に電気の技術が付与されることで、画一的に規格化された商品としての自動車が生産されるようになったのだった。それを可能にしたのはフォード・システムと呼ばれた流れ作業の生産プロセスだ。大衆向け自動車とその生産プロセスは、機械技術(マクルーハンのいうグーテンベルク的技術)の最大の特徴である画一化・細分化・専門文化の究極の姿である。

農村―都市―郊外という近代以降に現れたトライアングルにおけるそれぞれの関係を媒介しているのは、乗り物、特に現代では自動車である。先ほども述べたように、農村と都市、都市と郊外の関係におけるメディアとしての乗り物は、それぞれの間における物資の流通と人の流れを支えている。農村−都市間には農村から社会機能と労働人口を集中させて、都市が分配するという循環的な関係があり、都市―郊外間には職住分離に伴ってあらわれた通勤という日常的な往復関係がある。では残る郊外―農村間の関係とはどのようなものだろうか。

ここでひとつ確かなのは、乗り物というメディアは、無形の情報ではなく人間や物資そのものをトライアングル内で媒介するという点で他のどんなメディアとも決定的に異なっているということだ。遠く離れた二点間の隔たりを省略するという性質は人の技術・メディアすべてに共通しており、こうしたテレ・プレゼンスの可能性が乗り物による人や物の物理的な移動を前提としていることは先にも述べた通りである。こうした先駆性はしばしば乗り物という技術が時代遅れである証拠と見なされることがあるが(マクルーハンにおいても然り)、大きな誤解と言わねばならない。乗り物に任された特権的な役割とは、距離を省略し行動/定住領域を拡大することで物理的な空間に働きかけることであり、私たちの社会の枠組み(フレーム)はいつでも乗り物というメディアによって規定されているのである。

集団社会の機能が集中して成立しているという意味では、都市と呼ばれる地域は農村―都市―郊外というトライアングルにおいて明らかに中心的・上位的な役割を果たしていて、一方の言わば都市に奉仕するようにして存在する農村と郊外の側では、互いの積極的な関係があまり成り立っていないように思われる。時として、特別な施設・商店・風景・歴史のあるために「訪れる郊外」(雑誌などで紹介された「おいしいお店」など)や「訪れる農村」(例えば、合掌造りの民家の集落が世界遺産に登録された岐阜県白河郷などの観光地)としての往復はあったとしても、決して恒常的な関係を乗り物が媒介しているとは言えないだろう。農村と郊外との関係が絶たれていることの背景にはまず、都市に寄生して存在する郊外という地域の特殊性があるのだが、郊外については次章でさらに踏み込んだかたちで記述しようと思うのでそちらを参照していただきたい。ここではただ、農村と郊外が実はそれほど違わない地域であること、つまり生活圏としての農村と郊外は自動車などの乗り物が媒介物として間接的に作用することで均質化されて保たれているのだということで説明とするにとどめておこう。



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「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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