1.4.メディア時代の速度

1.メディアとしての乗り物
1.4.メディア時代の速度

自動車と飛行機という当代的、あるいは20世紀的な乗り物メディアの利便性と速度とが、そのままわれわれの社会のいっさいの移動に関する統一規格として働いている。この利便性と速度は、文明がその誕生以来ずっと求めてきた<快適な生活>というものには欠くことのできない要素で、水道やガス、それに電気といったサービスはこの二つを実現することで公的なインフラストラクチュアとなった。

つまり私はここで、<快適さ>という度合いとして漠然としたものを、サービスの<利便性>とすみずみにまで行き届くことで結果的に時間と空間を圧縮するための<速度>という二つの要素に分解して考えている。だから、現代におけるサービスというものに我々現代人が当然のように期待してしまう水準に<速度>までを含めるのだとしたら、利便性と速度とは同じことを指していることになるだろう。あるいは、インフラストラクチュアに期待される水準とは個人間の思いやりの心ではなくサービスの<速度>であると考えたら、利便性とは結局のところ<速度>なのである。

道路が社会的なインフラストラクチュアであることに何ら疑いの余地はないが、それでは自家用車はそう呼べるだろうか。これは水道や電気の場合と同じで、水道管や電線はインフラストラクチュアという構造体であるが、水や電気はそこを流れるだけのものである。交通網を人間の血脈に例える比喩を引き合いに出すなら、血管は<流れ>の支持体(つまりインフラ)であるが血液はただそこを流れ、循環しているものだ。血管を流れるのは必ず血液でなければならず、水やガス、電気、自動車では用を成さない。血管の中以外のところに血液があれば、それははなはだ迷惑というもので、少なくとも血液は所定の循環をしていなければ他には役に立たないものである。これと同じように、ハイウェイは歩行者や自転車を受け入れず、空の道は自動車を受け入れない。電車にはレールと電線という別の環境設備が必要である。細かな部分を無視して概観すると、時として交通網が速度ごとにそれぞれに適当なフィールドを割り振っているようにも考えられるのは、こういった<流れ>を滞りなく、適当な速度で循環させることがインフラストラクチュアの至上命題であるからだ。

こうした目に見えるかたちで存在する世界中に完備されたインフラストラクチュアは、グローバルな結合性に関する極めて現象学的な比喩として見ることも出来る。そして物理空間における距離の省略・圧縮という意味では、そこを行き交う<流れ>が、こことよそとのグローバルな近接性のイメージを可視化していると言える。つまり、決して目に見えはしないがたしかに私たちとともに存在しているはずである<流れ>が、不可視的な構造体であるメディアの力によって処されているということの物理的なあらわれとして乗り物は存在している。このような見方が成立することが乗り物というメディアの特権的な立場でもあって、速度や流れといった漠然と私たちを取り巻いている概念は、メディア・ヴィークルを仲立ちにして体感可能なものとして現前しているのである。移動することがこの世界の速度を規定している事実は、速度がm/sという単位(時間あたりに移動した距離)を用いて表わされることからも明らかである。

物理におけるもっとも基本的な公式を参照すると、速さの度合いとは、ある移動・運動における物理的な距離と時間の数値を用いた「速度=距離/時間」という関数で表わされる。この科学的事実は私たちに速度についての一定の理解を与えてくれるものではあるが、しかし実際は、時間のほうが移動によって測られたのではないかという率直な疑念が生まれる(川添、1968)。つまり物理が目に見えない時間というものを扱う場合は、時計の針を用いて物理的な時間を計測することで、針の移動の前と後の時間を関数のグラフに記入できる数値に変換している。私たちの一般的な感覚でも、川が流れるのと同じように時間はどこからかやってきて、やがてどこかへ通りすぎていくような空間的・線条的な運動と錯覚されてとらえられている。しかし空間と時間が本質的に全く異なるものである限り、グラフ上の物理的な時間として方法的に定義することは出来ても、我々が想定するような絶対的時間というものは本当は存在しないのだということになる。

線条的なモデルにおける絶対的な時間という概念が、何事も空間的にとらえて考える自然科学的な態度を長年にわたって育んできたギリシャ、ヨーロッパなどの西洋的な伝統から生み出されたのだとするならば、そういった文脈に収まりきらない爆発的な事態の推移が見られたのが、20世紀という時代であったと言えよう。20世紀の速度は、距離と時間を省略することで物理関数の枠組みから大きく逸脱して、不可視的な情報の流れを処するメディアのレベルに達した。こうした変容を経たあとの状況において速度そのものに有効な単位を与えることはもはやできなくて、メディアの時代に対応した「速度×マス」というメディアと乗り物の関係に対する新しくて柔軟な定義が必要だ。(『20世紀のメディア速度の発見と20世紀の生活』1996より奥野卓司+小松左京『対談 メディアとしての速度』P.172)以前なら、速度は記録更新や冒険の精神に結果としてついて回る単なるあらわれでしかなかった。新大陸アメリカに端を発するモータリゼーションの達成も、もとは移民たちの開拓精神が切り開かなければならなかった必然的なフロンティアのひとつに過ぎなかったと言えるかもしれない。ところがいまや、速度はわたしたちの社会のもっとも基本的な福祉・サービスであり、これによって20世紀におけるわれわれ人間の総経験量は飛躍的に増大され、現在まさに体験しているこの生活を保障されているのである。すなわち「速度×マス」という単位の必要には、速度技術の発達とともに速度そのものが大衆化したという背景がある。乗用車をはじめとする乗り物による移動の普及によって、個人生活に社会的規範・スタンダードとしての速度がもたらされるということが大衆レベルで起こったのが近代である。

こうした考えかたは、もちろん乗り物の速度についてのみあてはまるのではない。メディア全般が、技術の発達とともに高精細度化することで、速度福祉の充実に貢献し、速度なしではありえない社会を実現したのである。インフラストラクチュアなどの環境設備が国家や行政から提供されることはあっても、その<流れ>の方は個々のメディアに組み込まれた速度の技術とともにある。

高度経済成長
特に20世紀の家庭に大きな影響を与えた、家電メディアにおける速度の技術は重要な意味を持つ。「本来は効率性とは無縁のはずの家庭に、速度がもちこまれたことで、家族にとって、家庭の意味は激しく変容する。それがまた、家族の一員たる人間一人ひとりの感性や心身にも深く反映していく。こうして20世紀の価値観が形成されてきた」(奥野『20世紀のメディア速度の発見と20世紀の生活』1996、P.209)。50年代の日本で<幸せな家庭>の必需品としてもてはやされた三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)は60年代の高度経済成長期に差し掛かる頃には確実な普及を見せはじめ、今度はクーラー、カラーテレビ、それに自家用車(マイ・カー)を加えた3Cがうたわれた。家庭が電気の速度を獲得するなかでテレビが家庭の新たな窓口になりえたとするなら、自家用車は新しい玄関口として、家庭と全体社会というウチとソトのわけ隔てない「均質な」20世紀的速度を提供した。<家>という枠組みによってなされるウチとソトの区別はそのまま、家庭内の無償労働(家事)は女の仕事で、社会的な賃金労働は男の仕事という近代的なジェンダー秩序の前提と等しい関係にあるものだった。

テイル・フィンのパストフューチャー的プロダクトデザイン
こうして速度が大衆化していく事実を象徴的に示しているのが、ドリームカーと呼ばれる車の、当時のアメリカにおける未来志向的なモダン・デザインである。とりわけ有名なのは、実際の空力学的には何の役にも立たないにもかかわらず、無限の速さを誇示するかのようにデザインされた象徴としてのテイル・フィンだ。「この翼のかたちをしたものは本当のスピードのしるしではなく、限界のない最高のスピードを意味している・・・(中略)・・・エンジンが実在する動力であるのに対して、翼は想像上の動力である。」(ボードリヤール『物の体系』、1968、P.66) 20世紀的な未来(パスト・フューチャー)のイメージを象徴するデザインは車だけでなく、あらゆる製品に見られる。特に19世紀末に始まり20世紀に全盛を迎えた万国博覧会は、こうした意匠を一堂に会する格好の場であった。同時にそこは、速度を始めとする近代的フロンティアの見本市でもあったと言えるだろう。

生活の<快適さ>をもとめた経済成長が時間差を伴いながら世界各国で始まる一方で、速度が形作る新しい回路は、それまでのような<家>の強固だった枠組みを溶解する。このとき国家という大きな<家>も例外ではなくて、家庭と同様に流動的な器としての機能、シンボリックな役割しか果たさないものになった。このように「より速く、より遠くへ」切り開かれるべきフロンティアや<家>概念を、近近代の速度が越境し無効化してしまった現代でも、たしかにわたしたちの生活は何らかの<快適さ>に向かって進んでいるように思われる。その大きなビジョンのひとつとして資本主義社会が暗黙のうちに合意していたのが、グローバリゼーションという方向性であることは間違いないだろう。



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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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