2.3.郊外の乗り物

2.失われつつある生活
2.3.郊外の乗り物

複数の中心が集まってできたような都市圏は、鉄道路線図と道路地図によってはじめて認識することができる。もとより首都圏は平野部に広がるものだから、山や川があり、丘があり、そして平野があるというような土地感覚に頼ることはできない。そのような方向感覚は基本的に都市とその近県(すなわち郊外)を区別するときにのみ立ち現れてくるものでしかない。

東京と大阪という日本国内の主要都市圏はそれぞれに、環状線と地下鉄という二つの主要な鉄道を併せ持っている。そのうち環状線は、国内地域をすべからくフォローするように敷設された国有鉄道が都市部でのスムーズな交通を考慮してとった形態で、一方の地下鉄は鉄道の中でももっとも高いイニシャルコストを必要とするため、利用者の多い都市部でしか実現しない交通システムである。これに自動車道と歩道が加わり、都市交通は機能している。

基本的には、さまざまな社会機能が密集する都市部では鉄道が、機能が低密度に分散している田舎と呼ばれる地域(農村、田園)では自動車がほぼ適切に対応しそうなものである。だが、自動車は馬車の後継者である(加えて、乗用車は騎馬の末裔である)という川添の指摘(『移動空間論』1968、P.90)からもわかるように、自動車は都市内交通においてイニシアィヴを発揮する乗り物である。しかも道路さえあれば都市だろうとどこだろうと重宝するのが自動車の交通であって、点と点を結ぶだけの鉄道よりも、線的、面的に行動領域を広げる自動車のほうが近代における定住領域の拡大や便利な生活への欲求に貢献することが出来たのだった。

ただ、モータリゼーションと経済成長を果たしても、その国土が限られている場合は都市機能が分散せずにある特定の地区に過密してしまうという傾向がより顕著にあらわれるため、どうしても都市の駐車面積は不足してしまうことになる。よって日本では、都市と(それに寄生する)郊外住宅地との間のマイカー通勤がアメリカほど一般的にはなりにくかったのだろうと推察できる。

ここで都市からその外側へと視線をむけてやると、都市から延びる鉄道路線に加えて、あるいはそれに取って代わる形で、モノレールの鉄道が活躍していることに気付くだろう。ベッドタウンやサテライトシティと呼ばれる郊外地域では、地域生活の基盤となるような新しい交通の回路を必要としていた。それが市民の総意であるかどうかは別にして、少なくとも計画した当事者たちはそう思っていた。そこで、騒音が少ない、軌道が占拠してしまうスペースが少なくて済む、工事期間が短い、メンテナンスが容易であるなどの点で旧来の列車よりも優れている<新交通システム>、モノレールが採用されることになった。

モノレールは、道路上空ばかりでなく公園や広場、河川、鉄道敷地などの都市内公共用地の上空を利用した建設も可能であることから、臨海地域で空港への連絡や、テーマパークと在来線との連絡あるいはテーマパーク内の移動といった場面においても見受けられる交通機関である。

すでに在来線が最低限の地域をカバーしてしまっている今では、何らかの理由で新しい地域交通を計画する場合、バスよりはるかに高い定時性と大きな輸送力を持ち、地下鉄に比べはるかに低コスト(1/3)であるモノレールが汎用性の面から言っても優れている。

現在国内で20路線ほど運行されているモノレールであるが、ここで問題にしたいのは臨海地域の新開発計画などについてではなく、郊外地域から交通が整理されていくことで主要都市圏の過密状況を改善される可能性についてである。もし郊外都市が自立することができれば、もはやその地域は単なる「郊外」ではなくなり、職住近接地域が相互に連絡し合うという田園都市のイメージに近くなると考えられるのではないか。

事実、多摩都市モノレール(1998年に営業運転を開始。多摩都市モノレール株式会社)の事業概要には「産業文化が息づく多摩自立都市圏の形成に向けて、多摩の『心』の形成や都市基盤の整備に取り組」むという地域活性化への意思がうたわれ、大阪モノレール(大阪高速鉄道株式会社、1990年の開通以降段階的に路線を延伸)は「多核心型の都市構造と、これらを有機的に結ぶ交通網の整備とによって」「既存の放射状鉄道路線間を連絡し、迂回交通の緩和や、並行する道路交通渋滞の緩和、新たな鉄軌道サービスを享受する地域の拡大」をねらう計画であることが明言されている。

多摩都市モノレール


いわゆる「新交通システム」も、今では見慣れたものになっている。(写真は多摩都市モノレール)


この二つの路線が共通して、かつて建設されたニュータウンを路線に含んでいることは単なる偶然ではない。かつてのニュータウンも今では高齢化が進み、オールドタウンあるいはリタイアメントタウンといった風情で、事実上都市通勤圏の限界にあるこうした郊外住宅地は永遠に郊外のまま母都市に寄生しつづけなければならなくなっているかのようだ。高度経済成長の後に新設されているモノレールがほとんど第三セクターによって経営されていることから見ても、これらの新しく計画された交通回路が事業としての採算性よりも、それぞれの地域活性策の中核を担うものとして期待されていると考えて間違いないだろう。地域活性とは結局のところ商業施設の集積や住民の増加を意味するものだから、自治体は地域の発展と税収入の増加という両方の面で潤うことになる。

南北に開通した多摩都市モノレールの場合、在来線の市街地(西武線の玉川上水、JRの立川、京王線の高幡不動)や動物園、私立大学の郊外キャンパスなどの人が多く集まる施設を通って、上北台団地と多摩ニュータウンという二つの集合住宅地をつないでいる。北摂地域の大阪モノレールの場合は、都市部西北の郊外に位置する大阪空港から公園や競技場などの万博記念施設と千里ニュータウンを経由して、東北部の郊外市街地である茨木市、門真市まで伸びている。中心から周縁へと郊外を拡大していった放射状の在来線に対して、垂直の方向に新しい回路を設けることで、相互関係の薄かった各市街地、郊外施設を地域としてまとめあげ、機能の充実した自立都市として発展する活路を見出そうというのだ。


LRT = Light Rail Transit
こういった日本のモノレール需要と対照をなすのは、10年ほど前からヨーロッパをはじめとした欧米各国で盛んな路面電車の復活の動きであると言えるだろう。かつて自動車によって街から追い出されていた路面電車だったが、車の公害や都市の渋滞といった状況が続くなかで、高加速、高減速、低騒音、超低床の新車体(LRT=Light Rail Transit)が開発された。

当然のことながら、このLRTとモノレールが最も大きく異なる点は、その空間的な位置における高さの差にある。超低床車であるということは、バリアフリーであることを意味している。つまり地上からすぐに乗車できて便利であるだけでなく、高齢者・幼児・身障者など交通弱者にもやさしく、容易に利用することが出来る。こういった性質からLRTは鉄道よりもむしろバスに近い形で利用されることになる。モノレールも地域交通を担うという点ではバスに近いが、跨座式にしろ懸垂式にしろ、モノレールは空中を走っている。この空間的な高さがバスよりも鉄道に由来していることは明確で、鉄道の駅は町の中心として機能できるだけの高さの建造物にならざるを得ないのである。かつて西洋で町の中心にあった教会が周囲を睥睨し時刻を告げる鐘を響かせていたように、駅はその地域内アクセスの中心として、時刻表によって人々の移動生活を司っている。

一方、こぢんまりとしたバス停留所がその地域を等しく周回して置かれるように、路面電車の停留所もローカルな交通を支えるものである。ただし、いわゆる都電がそうであるように、路面電車は公営の地下鉄・バスのように都市内に敷かれる交通であるから、それが郊外や臨海を走るモノレールの反証となるものであるとは考えにくいだろう。それらはともに都市内部、郊外地域それぞれにおけるローカルさを取り戻し強化することを目的として敷設された交通機関であって、都市の内側と外側の両面において過密した中心を分散させようという同じ働きが見られると捉えたほうが良いだろう。

言うなればこれら新交通システム[注5]導入の動きはローカルに根ざして脱中心化しようと試みる<グローカリゼーション>の運動の一つなのである。ここで「運動」という表現を用いるのは、近代の工業的・経済的な発展の一つの着地点であるグローバリゼーションの逆を行くこの方向性が、しばしば非営利的な市民や良識的な活動家らの運動などに依拠しているからだ。新しい交通回路を模索しようとするローカル運動の場合、特に路面電車の導入推進が掲げるビジョンが「パーク・アンド・ライド」のアイデアとして確立されている。モータリゼーション以降は脇役を演じさせられてきた鉄道が今、自動車によって荒らされた街路を生き返らせようとしているのだと言える。

かつて、人々が日常的な移動手段として自動車を迎え入れた変化を指して、「ドア・トゥ・ドア」という表現が流行的に使われた。すなわち自宅の玄関と目的地とする施設の入り口とが自家用車によって直接に結ばれたということを端的に示しているのだが、これは自家用車という移動する空間が他の乗り物、例えば鉄道やバスなどの内部空間と違って「動く個室」であるからふさわしい言葉だったのだ。つまり、モータリゼーションという語が何よりも個人所有のレベルにまで自動車という乗り物が普及したことを指すものである限りにおいて、自家用車とは各個人にとってのパーソナルな乗り物で、その内部空間はまさに家のように、あるいは家よりもむしろ個室に近い、きわめて特権的な空間(パーソナル・スペース)なのである。

その意味では、ドライバーにとって移動することとは必ずしも家の外に身を置くことにならないのだとも言えるかもしれない。たしかに私たちの日常的な感覚に則して言えば、車中にいても屋外にいることの臨場感や家から外出したことの記憶が残っているとはいえ、自家用車がドアとドアをつなぐ道路の上を走り抜けるとき、事実上公共空間としての屋外はほとんど消滅してしまっている。実際、こどもの遊び場や住民らのコミュニケーションの場といった公共空間としての道の役割はかつてに比べるとずいぶんと小さなものになっているだろう。このように自動車は、元は誰のものでもなかったはずのこの世界を分断し、生活空間をより狭く密室的なものへと分化させてきたのだ。

前述の「パーク・アンド・ライド」とは、自動車の替わりに、できるだけ鉄道やバス、路面電車などの公共の交通機関、それに自転車や徒歩で個人の移動に対応しようという運動である。なるほど、たしかに「ドア・トゥ・ドア」の移動による屋外の省略に比べると「パーク・アンド・ライド」は目的地までの距離が延伸されてしまう。しかし、例えば自転車というものは自動車のようには長距離の移動に向かないし、内と外を隔てる外殻もないが、それでも「パーソナルな」乗り物であるとだけは言えるはずで、自家用車にならって言うなら「ドアから次の乗り換えまで」あるいは「最後の乗り換えとして」の移動をカバーするだろう。残りの主要な移動は鉄道、バス、路面電車、モノレールなどが担うことになるわけだから、充実した公共交通が必要になるのはいうまでもない。

近代化以前の移動が時として命がけの肉体労働だったことを思い出していただきたい。命がけという意味では自動車がその速さと引き換えにドライバーだけでなく歩行者までも危険にさらしかねない移動手段であることは言うまでもない。逆に「パーク・アンド・ライド」は速度や利便性から一歩身を引くことで、平和な路上を獲得し、失われていた公共空間を取り戻し、自動車に荒らされた街路を生き返らせることができるというのである。

ただ、ここでひとつ疑問が生まれるのである。わたしたちがそう簡単に車を捨てられるとは思えない。日本のこの毎朝毎夕の満員電車で、これ以上何をしようというのか?こういった疑問に対して先進的なエコロジストたちがいくら「よい都市生活を、よい住環境を取り戻し、守るため」と言ってみたところで有効な答えにはなりにくいだろう。双方とも一理ある意見とはいえ、当面の問題となるのは私たちの生き方を規定するほど、自動車はすでに私たちにとって最も重要な乗り物であるということだ。

ホンマタカシ

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Comments

横田 さん (08/19 14:04:07):
環状線があれば札幌も良いのになあと
思うことがあります。
車を中心にした環状線は整備されている
札幌です
地下鉄
東西線
南北線
東豊線
都心の大通り公園駅で3線相互乗り入れ
ゆえに不便を覚えるのです
私鉄でもいいから環状線あればと思う所以です
QDEfkYkG0HQC さん (05/17 20:01:32):
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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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