要旨

要旨

乗り物をはじめとした速度機械/速度メディアの近代における飛躍的な発達は、進歩主義的なフロンティア・スピリット(開拓精神)の賜物であった。この態度によって、われわれ人間は定住生活の領土を地球規模にまで拡大し、グローバルな社会というものを築き上げたのだった。こうした空間いっぱいに広がる「外爆発」(マーシャル・マクルーハン)は、世界の細分化/専門分化のプロセスとともに進行を続けた。しかし現代において逆説的に、速度の技術は境界を飛び越え、融解させるという具合に作用する。すなわち自動車や飛行機といった今日的な乗り物は、空間的な外爆発の総仕上げの役割を任されたのと同時に、定位置にとどまりながらも身体を拡張する「内爆発」という相反するプロセスをも体現する装置なのである。

ここで、いま無効化されつつある社会の境界・枠組みを<家>という概念に収斂させるならば、それは他でもない<速度>によって私たちの定住的なアイデンティティの帰属先が揺らぎ始め、空間の中に拡散しようとしているのだと言えるだろう。近代的合理主義が生み出したといってよい郊外という住環境は、<速度>に対するグローバルで画一的な統一規格にのっとって開拓された20世紀的なユートピアのひとつである。だがそこは、安住の地としてはあまりにもはかない場所だった。すなわち速度社会の成熟とともに、「こことよそ」の近接性ばかりを強調し、いま・ここにいるということの根拠を欠いた実存として私たちの定住的アイデンティティを胡散霧消させる<非-場所>(ノン・プレース)が台頭しつつあるのだ。<家>にまつわる定住民のテクノロジーは、<速度>を滞りなく運用するためのテクノロジー=速度管制技術に取って代わられようとしている。

本来私たちの手に負えないものであるはずの<速度>を所有し、「より速く、より遠くへ」と欲望を拡大再生産しようとする振る舞いが20世紀という時代のメッセージに基づいたものであるならば、現代の高度に発達した速度社会における我々の指針は、<速度>を安定したかたちで処するためのモラルということになるのではないだろうか。



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Comments

横田 さん (08/19 07:27:35):
鈍行感覚で読み始めました

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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科 メディア計画研究室

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