4.2.非-場所

4.移動すること
4.2.非-場所

<家>という概念が現代においてどれだけ有効なものなのかという問題提起は同時に、定住生活そのものの妥当性に対する懐疑的なまなざしを含んでいる。私たちは、<家>を中心に据えることで脈々と続いてきた定住型社会から、脱中心化された<家>の概念が空間いっぱいに拡散している非定住型社会への転換を、もはや疑う余地のない事実として受け止められなければならない。

現代地理学やノマドロジーについて文化人類学という地点を中心に様々なアプローチを試みている今福龍太は、「現代においては、定住という概念は幻想なのかもしれない」と述べている(『A vol.13』2001より、今福「Alternative Map」P.24)。今福が示しているのは、私たちが交通メディアで移動・運搬することによってはじめてたち現れてくるような、定住と遊牧の狭間にある領域の存在だ。それは実空間やネットワーク上にさえ存在してはいないのだから、正確には領域ではなく概念と呼ぶべきなのだが、経験に照らし合わせて考えるとこのような空間は確かに存在している。それは例えば空港などといった「定住的なアイデンティティや組織的帰属」が「宙吊りになる」トランジット・ラウンジである。「一見、満足なコミュニケーションすら成立しないかのように見えるトランジット空間。しかしそこでは、自己意識やアイデンティティの意識、職業、肩書き、国籍などの既存のアイデンティティを問わずに、それとは関係ないかたちで人間と人間が出会ってコミュニケートできる。これは、新しい空間モデルじゃないだろうか。しかもエアポートだけが特別な場というわけでもない。」(同掲書、P.24

ここで先ほどまでの、ターミナルや乗り物のなかといった空間において移動経験が無目的化されてしまうという、<玄関>の比喩についてもう一度考えてみる必要がある。川添の引用に則してエレベーターや空港について確認してきたように、私たちは「なぜ、いま、ここにいるのか」という根拠を欠いたまま、ターミナルという空間に集まり、乗り物という移動する空間に身を置いている。トランジット・ラウンジあるいは玄関ホールといった特殊な空間性は、私たちの移動に付随して現実のものとして現れる。そこはちょうど、大きな病院の待合室のように、目的があって訪れた人たちを怠惰な時間のなかに押し込めてしまうことで秩序立てられている。


空港
患者たちはしばしば、ひたすら沈黙することによって、診察室の前という以外おそらく何の意味もないであろう空間の退屈さを時間の長さに置き換えて、<非-場所>におけるアイデンティティの問題から目をそらそうとする。機能空間としての病院に充分な医療サービスを望みはしても、充実した経験までは期待できない。医者と患者を最も強く結び付けているのが診察時間の記入された一枚のカードであることからもわかるように、空間におけるわれわれの振る舞いはすべて、(病院の)機能に基づいた他律的な時間に回収されてしまって、能動的な意志はすべて骨抜きにされてしまうのだ。同じ病を患ったもの同志のねぎらい、病院に対する意見交換といったかたちで待合室独特のコミュニケーションが成り立つ可能性があるにもかかわらず、ただ黙って呼び出されるのを待っている限り、いかに気を紛らわせようとしたところで私たちの目的的な意志は宙吊りにされたままである。それは言い換えれば、空間の方が私たちとの有機的な結びつきを拒んでいるのだ。

このように考えてみると、私たちはどうやら、場所そのものが持つ何らかの固有性を手がかりにして定住的なアイデンティティを保っているのではないかということが見えてくる。この場合、私たちが領土的中心としての<家>、心理的・文化的中心としての<家>の置き換え不可能性を前提にして物を見、振舞っていることは言うまでもない。ある特定の国における世界地図がいつもその国を中心にして描かれるように、私たちは<家>を中心に置いてそこからの物理的・時間的・心理的距離を算出しながらその都度自らの立脚する場所の独自性を認めているのである。つまり<家>が個人生活の前提として機能している限り、私たちの移動は出発してから再びもとのところに帰って来るような一時の旅として成立するし、「ここ」と「よそ」との確かな差異を見失わずに済むわけだ。

ところが病院やエアポートといったトランジット空間(あるいは玄関ホール的空間)は、「ここ」と「よそ」を繋ぐ隙間のような地点である。そこは、移動空間と同様、現代の統一規格にのっとったサービス=速度を私たちに提供するため、それぞれの機能に偏った空間としてデザインされている。よってそれらは固有の「場所性」を持っておらず、むしろ<非-場所>同志の近接性を根拠にしているような空間なのだ。しかもシステム化した空間が滞りなく機能し流れるためには私たちの目的的な意志もまた空間の機能性に則したものに加工される必要があるから、<非-場所>においては土地が暖めてきた固有のしきたりではなくて機能施設が根ざすところのグローバルな速度のルールの方が採用されることになる。

グローバリゼーションによって本当にすべての場所が文化的に均質化してしまうのかどうかということは別にしても、少なくともすでに非常に広い範囲でそれぞれの場所の固有性が失われているということは確かだろう。桂は、郊外という場所もまた「場所性」が希薄になっていることを次のように説明している。

郊外が郊外であるための根拠は、土地にまつわる自然観や習俗が徹底してリセットされていなければならない。でなければ、郊外は住空間としての必要条件を欠いてしまうことになる。その点で、郊外はリゾートと似たような成立の要件をもっている。
戦後の驚異的な経済成長を背景として郊外が拡大していくにつれて、「庭付き一戸建て」を郊外に購入し所有する物語がいつの頃からか、「夢」になった。そして、戦後四十年以上になって東京ディズニーランドは、「庭付き一戸建て」の「庭」として誕生した。(『10+1 No.11』1997より、桂「ディズニーランドの神話学3」P.228

郊外の特に団地という<非-場所>に住まうものたちにとっては、庭もまたディズニーランドという<非-場所>のテーマパークなのだと言う。ここに、ユニバーサルスタジオやハウステンボスだけでなく、みなとみらいやキャナルシティを始めとした複合型商業施設の名を連ねあげてもよいだろう。つまりここでは、土地から「場所性」が失われていくプロセスが、近代における消費空間の台頭と相関するものとして描かれている。いま、こうした大量消費社会の戦略手腕から逃れることの出来た地域は非常に稀な存在であると言わねばなるまい。本来自立的なはずのそれぞれの「場所」は統一規格にのっとって複製・反復されることで大量消費可能な<非−場所>のひとつに仕立て上げられるのだ。

複合型商業施設としてパッケージングされた駅ビルも同様に<非-場所>の住民にとっての庭であると言えるだろう。ここで、駅と「場所性」の関係を考察するにあたって私たちは、郊外における住環境開発について記述した折に触れた関西の鉄道交通を例にとって定住社会において駅の置かれた位相について考えることから始めなくてはならないだろう。なぜなら複合型商業施設の先駆けとして全国ではじめて駅ビルでの百貨店経営を始めたのは小林一三(1873-1953)という人物であり、彼の経営する阪急電鉄が関西における郊外開発のイニシアティヴをとっていたからである。小林による路線開拓・地域開発は、近畿地方随一の都市部に位置する梅田駅の集客力を軸にして、中心部から北部あるいは西北部に向かってなされた。

この梅田駅は、以前から既にステーションとして存在していたJR(旧国鉄)の大阪駅とはわずかに離れた場所に、しかもその沿線はいずれも在来線に対し垂直の方向に延びるよう建設された。小林の沿線計画はみごと社会のニーズに符合して、大都市・大阪に集う人々はこぞって北部・北西部へと住居を構えるようになった。かくして梅田駅は都市と郊外をつなぐ大きなターミナル(始発駅・終着駅)として、また沿線住民たちの「庭付き一戸建ての庭」としての地位を確立したのである。

一方、梅田駅に先だって梅田地域の中心として、すなわち大阪の中心のひとつとして存在していたJR大阪駅は、都市部をひろく周回する環状線の主要な駅のひとつである。一般に、駅には地域の中心としてそびえたつ(Stand)「ステーション(station)」としての機能と、地域の周縁(term)に位置する「ターミナル(terminal)」の機能という大別して二つの種類のものが考えられる。梅田駅が中心と周縁とを連絡させるためのターミナルであるならば、大阪駅は梅田地域のみならず大阪の中心としてのステーションである。このとき両者は互いに役割を分担し補完し合っていることになる。都市の交通を有機的に結びつける「結合点(ノード:node)」としての駅という意味では、二つの駅は切り離して考えることの出来ないひとつの機能を形成している。

環状型の鉄道路線には始点も終点もない。この事実によって沿線上の任意の点すべてがノードとして機能しうる可能性が生まれる。つまり放射状に広がる郊外への交通回路を持つことで、都市の環(わ)の内側と外側のアクセスを促すことが出来るのである。このとき、環状線そのものにひとつの大きなターミナルとして機能する姿が投影されることになる。ここで都市の膨張と郊外の拡大という近代における定住社会の変容プロセスについて少し思い出してみれば、大都市圏の内側で敷設されている網の目のごとく複雑に分岐した鉄道が地域の市街化をそのまま体現しているのと同時に、都市の外側に延びていく交通が郊外の更なる郊外化を推進してきたという事実に思い至るだろう。こうした熱力学的な生産モデルにおいて、都市的な集積機能が拡大再生産され分散されることでひとつひとつの点における中心的価値が減じていることは明らかである。

こうした状況は「場所性」が希薄になっていくプロセスとも無縁ではない。都市生活者はその網目の、複数の<非-場所>のすきまにかろうじて定住しているのだ。こうした空間の変容に、かつてベンヤミンが捉えた複製技術時代における「アウラの消失」を重ね合わせてもよいだろう。

ここで失われていくものをアウラという概念でとらえ、複製技術のすすんだ時代のなかでほろびてゆくものは作品の持つアウラである、といいかえてもよい。このプロセスこそ、まさしく現代の特徴なのだ。このプロセスの重要性は、単なる芸術の分野をはるかにこえている。一般的にいいあらわせば、複製技術は、複数の対象を伝統の領域からひきはなしてしまうのである。(ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』1936、P.15

ここで言い表されている「伝統の震撼」こそ、定住領域における<非-場所>の台頭であり、定住生活という伝統の「総決算」と言っていいはずだ。駅という中心、<家>という中心の置き換え不可能な自律性、固有の価値は繰り返し反復・複製されることで領土いっぱいに拡散し、希薄になった。そうなると私たちの定住的アイデンティティの拠り所となるべき<家>ないし固有の「場所」さえもが、目的地への恒常的な移動に付随して現れるひとつの通過点としての意味しか持たなくなる。

すべからく移動とは、ある特定の目的地を挟んでの<家>から<家>までの往復運動である。定住民にとっての移動の起点とはすなわち<家>であり、移動の目的地も同じく<家>であると言うことが出来るだろう。日常的な移動において<家>から目的地に着くまで、あるいはその逆の過程において経験する無目的的な沈黙というのは、ただひたすら耐えなければならないものというわけでもなくて、時には旅に向かうセンチメンタリズムとともにあらわれる甘美な沈黙でもある。

一方で移民や亡命者、さらにはホームレスまでをも含め、祖国やマイホームとしての<家>を持たない/持てない人々には、「起点に戻る安心感もなければ、逆に放浪の不可能性を嘆くロマンティックな失望もない」と今福は言う(前掲書、P.24)。乗り物とはたえず起点から遠ざかって移動をつづける空間であるが、そこで私たちが経験する沈黙の甘美さとは、定住生活の中心からの脱出、つまり旅の起点を後にする開放感と放浪の兆しのようなものを感じるロマンティシズムであるだろう。松尾芭蕉やランボーといった詩人ではなくて我々のようなごく普通の人間でも、旅には何がしかの感傷を抱いてしまうことがある。ここで、定住生活へのアンチテーゼとしての放浪を掲げるとしたら、またその実践の中をすすみゆくならば、不可能性と可能性、失望と期待というものに旅人の身は引き裂かれてしまうのかもしれない。

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About

「移動と定住」 は、taichistereo(入江太一) によって 2001年に執筆された 卒業論文です(学科賞 受賞)。

大学卒業後は ハードディスクの片隅にひっそりと眠っているだけでしたが、2007年に Nucleus CMS を用いて 改めてコンテンツとして蘇生させることにしました。

■ 当時の学籍 ■
東京工芸大学 芸術学部 映像学科
メディア計画研究室

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